SPEAD FREAKS BABY ROCKET DIVE

とにかくロケットのような勢いで!…いろいろ語ります。

hide 20th memorial

没後20年

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亡くなってから、20周年でいろいろリリースされるそうだ。

 

今回の目玉は久しぶりにhideの未発表映像やCD?がリリース予定。

もう20年前の人なので、前回の子ギャルで示されたように

未発表作品と言うのも少なくなっており、本人の音源自体も少ないようだ。

もともとボツ作品を公開していない人なので、尚更発表できるものが限られているのだろう。

 

今回のリリース作品では

もっとも目玉なのは1997〜1998年当時の未発表映像や音源?※音源は出るのか不明

そして稲田氏が執筆する本だろう。

稲田氏に至っては、hideが亡くなった当時からブログを運営したり、音源作ったりと批判に晒されながらも、最終的にはリスナーから良かったと言われてやって良かったと思ったと、彼の音楽校で言っていたので、良かったなと思う。

 

彼がいなければ、hideの残りの作品を完成させるのは無理だったろう。

 

そこで今回は時系列にhideの未発表作品の検証と振り返りをざっとまとめてみた。

 

作品リスト

hideはソロ活動がだいぶ活動的で

且つ、当時の先端技術であるDTM技術をうまく取り入れ

 

デジタルでの音源が残されている。*1

 

 

1994-5年 1st製作終了後 

HIDE YOUR FACE

HIDE YOUR FACE

 

 

junkstoryの製作、miscastとCelebrationのXJAPAN用ソロコーナーのhideボーカルデモを作成。

1995年後期には既にサイエンス候補曲が完成。

in motionはサイエンス製作時期の録音のようだが、後にmiseryが完成した影響からかボーカルレコーディングのみで終了。

 

1996年、2ndアルバムサイエンスリリース。

PSYENCE

PSYENCE

 

 

96年はX JAPANのアルバムDahliaもリリースされており

DAHLIA

DAHLIA

 

更にzilchも録音が始まっている怒涛の年。

 

1997年前半はzilchのレコーディング、自身セレクトのコンピレーションアルバム、ウーハーのリリース、アルバムリミックスなどいろいろ動きがあるが

4月頃にX JAPANのトシが脱退。 

 

この後に3rdアルバムの検討時期に入る。

9月頃から山中湖へ曲作りの合宿に入っており、ロケットダイブはX JAPANの解散記者会見前より製作は進行していたようだが、完成したのはこの合宿後のようだ。

曲自体はサイエンスの頃からあったとhideがインタビューで話しているが

ついこの間、稲田氏が元ネタができた時期を公開していた。*2

 

この時期に1つ不明なのは2000年にリレコーディングしてリリースされたTELLMEであるが

このボーカルはオリジナルバージョンでは無いと稲田氏がブログで書いていた。

録音時期は97年と書いてあったので、なぜこの時期にTELLMEを録り直しているのかがはっきりしていない。

確かに細かい違いがオリジナルと比べてあり、違うバージョンであることは明らかだ。

 

この山中湖の合宿では曲がいろいろ出来ているようで、未発表作品の中でも全貌が明らかになっていない曲が一部JaZooに収録されている。

 

矢継ぎ早に次のシングル、ピンクスパイダーとever freeは98年1月に完成しているようだ。

 

98年は2月からLAにてJaZooの本格的レコーディングが開始。2月、3月と数曲完成しており4月にHURRY GO ROUNDの仮歌のレコーディング終了後に日本へ帰国。

このLAでのレコーディングに関しては前述の稲田氏により、時系列でブログが綴られている。

 

帰国後、4月の最後の週から数本のメディアへのインタビュー、テレビ収録などを1週間で受けて、5月2日に亡くなった。

 

亡くなる前に本人もいくつか発言しており、ZILCHとしてのインタビューも受けていたが

1998年7月にZILCHのアルバムがリリース。

3・2・1

3・2・1

 

97年の前半に完成しており、97年の暮れまでにはアメリカでインディーズデビューする予定だったらしいが、本人曰く大人の事情で先延ばしになった。 

 

その後はhideが生前最後の仮歌を入れた、HURRY GO ROUNDがJaZooリリース前に本人がシングルリリースを検討していたと言うことで、この曲が選ばれリリース。

この曲のPVの冒頭はhideがまだ仮の段階での歌詞・メロディーで歌っているワンシーンがある。

HURRY GO ROUND

HURRY GO ROUND

 

そして1998年11月 最後のアルバムJaZooがリリース。 

Ja,Zoo(ヤズー)

Ja,Zoo(ヤズー)

 

公式的に知られているhideの軌跡が上述の通りだが、一部未発表曲はまだあるとされており

 

未発表作品の中で既に概知で唯一完成している曲がある。zilchのDAMAGEだ。

これは完成していたが、アルバムからアウトテイクにされたようだ。

2005年くらいのhideミュージアム閉館時にフルコーラスで流され、その後稲田氏のDJイベントでも使われている。

 

ほかに言えば、可能性があるのはscars。

仮歌が存在する可能性が高い曲だが、詳細不明。そもそもこれ、ライブでは曲の冒頭hideがうたってんだよね…。

*1:そもそも1996年時点ではほとんど無名だったDTMソフト、ProTools。これを使用して作られたアルバムがサイエンスだ。音楽マニピュレーター界隈では有名だったようだが、これをレコーディングに全面的に取り入れた例は当時ほとんどなかったようだ。ProToolsを使用し、hideの直接のオファーでLOUDNESSのエンジニアを担当したLAのエリックおじさんをミキサーで迎えて最終的なhideソロワークスの編成が確立した。

*2:1995年の5月23日、LAのプリプロルームでhide+INAのセッション中に生まれた曲